廃線跡2   TOP

  12月 1日(土) 曇時々時雨
 
 とうとう12月になった。 とても寒い冬が予想されるようだ。 今年の秋は短くて、紅葉は色付きが遅く散るのが早かった。
 
 だから紅葉の写真をほとんど撮ってない。 散紅葉も期待薄。 どこかに行く予定もない。
 
 今日はまいまい京都の廃線跡探索に参加する。 市電蹴上線と京津線旧線跡。
 
 市電蹴上線は全く知らないし、京津線旧線も粟田祭のとき老人に「三条通の裏を走ってた。」と聞いただけ。
 
 ぜひ痕跡を見つけたいと参加する。
 
 
 東山通の仁王門バス停で待つ。 がスタッフが現れない。 参加者が6名になっても来ない。
 
 一人に電話がかかる。 仁王門通で待っていると。
 
 すぐに移動。 受付を済ませ、旗を持ってバス停が見える位置で立つ。 今朝は寒い。 ジットしていると冷え込む。
 
 参加者が揃って、まいまいが始まる。 すぐネギ坊主頭の柱。 これが市電の架線柱。
元市電の架線柱元市電の架線柱
 
 かなりは撤去されたが、信号柱や電柱で残っているものがある。
 
 東山三条へ移動。 とても珍しい街路表示。 しかも「仁丹」
 
 「上京区孫橋東山線」 今は左京区なのに。 この頃は上京と下京しかなかった。
仁丹の珍しい街路表示道路に斜めの駐車場
 
 三条通に出ると斜めにあるへんてこな駐車場。 ここはよく通るところだから、変だなとは気づいていたが、京津線の旧線跡とは。
 
 これ以降旧線跡を追って進む。 もちろん旧線跡が残ってないところが多い。
 
 道路に斜めに建つ家。 なにかおかしい。 それが旧線跡。
道路に斜めに建つ家斜めに建つ家に仁丹
 
 旧線跡と仁丹看板のコラボレーション。
 
 白川沿いに進む。 不思議な空き地。 どうも旧線跡。
不思議な空き地白川と旧白川の合流地点
 
 その少し先に白川と旧白川の合流地点がある。 この旧白川に沿って旧線が走っていた。
 
 家が建て込んでいる。 でも旧線跡の幅が示されているようだ。 旧線は道が狭いので、単線だと僕は思っていた。
 
 でも地図には複線が載っている。 そうすれば家が後から建った?
線路幅の家? 電車の顔?家が後から建った
 
 この狭い通りの片側はその後に建った家。
 
 そして蹴上に到達。 ここから専用軌道になって急坂を上って行く。 日本でも急坂の一番手だったそうナ。
 
 インクラインの横を下って行く。 すぐ参加者が気づく。 これは...片保持の架線柱の跡。
片保持の架線柱の跡ガイドのアツイ説明
 
 ガイドが説明する。 ここにある敷石は、電車道の敷石?
 
 名残の紅葉の下で、質疑応答。
ガイドとの質疑応答ガイドとの質疑応答
 
 この後昼食をうどん屋に行く。
 
 参加者の一人がここを走っていたビワコ号の模型を持ってきていた。 それなら知っている。 三条から乗ったこともある。
 
 こうなると話題は尽きない。
 
 昼食が終わったころ、雨が降ってきた。 降られず神話を守るため、すぐに移動。 神宮道に来たらもう降っていない。

 本日の走行距離 19.7km 走行時間 1時間 10分 平均時速 17.0km/h TOP
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